「うちは常連さんばかりだから大丈夫」。そう思っている飲食店にこそ、知っておいてほしい変化があります。2026年10月1日から、カスタマーハラスメント(カスハラ)を防ぐ措置が、すべての事業主の義務になります。スタッフを1人でも雇っていれば対象で、小さなお店の猶予期間はありません。

この記事では、何が義務になるのか、飲食店に実際に起きること3つ、そして10月までに終わらせておきたい準備3ステップを、現役で飲食店を経営する立場の考えを交えて解説します。


目次

1. 何が義務になるのか——カスハラの定義と5つの措置

対象は「1人でも雇っているすべての事業主」

2025年6月に公布された改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から、カスハラを防ぐ措置が事業主の義務になります。対象は、労働者を1人でも雇っているすべての事業主。会社の大きさも業種も関係なく、中小企業の猶予期間はありません。アルバイト1人の個人のお店も対象です。

カスハラの定義は「3つの条件」

条件 内容
お客様など外部の人の言動であること
仕事の性質から見て、社会通念上許される範囲を超えていること
それでスタッフの働く環境が害されること

ここで大事なのは、正当なクレームはカスハラではない、ということです。料理が遅い、注文が違う。これを指摘されるのは当然で、お店が直す話です。線を引くのは「言い方と程度」。長時間怒鳴り続ける、土下座を求める、SNSにさらすと脅す。こうした行為からがカスハラです。

事業主がやるべき5つの措置

厚生労働省の指針では、事業主が講ずべき措置がおおむね次の5つに整理されています(2026年2月に告示)。

措置 内容
1. 方針の明確化と周知 「カスハラには毅然と対応し、スタッフを守る」とお店の方針を決め、スタッフに知らせる
2. 相談窓口 相談できる窓口を決めて知らせる
3. 発生後の迅速・適切な対応 事実確認、被害を受けたスタッフへの配慮、再発防止を速やかに行う
4. 抑止の体制 対応マニュアルなど、カスハラを抑える体制を作る
5. プライバシー保護・不利益取扱いの禁止 相談した人のプライバシーを守り、相談を理由に不利な扱いをしないと周知する

スタッフ3人の個人のお店なら、就業規則ほど大げさでなくても、方針を紙に書いて貼り、口で伝えるところから始めれば大丈夫です。逆に言うと、「何もしていない」だけが、10月以降は義務を果たしていない状態になります。

罰則はどうなるのか

ここも正直に。この義務に、罰金や懲役といった直接の刑事罰はありません。ただし対策が不十分だと、国から報告を求められ、助言・指導・勧告の対象になります。勧告に従わなければ、会社名が公表される仕組みです。それに加えて、対策をせずにスタッフが被害を受けたら、安全配慮義務の問題として損害賠償の話にもなり得ます。


2. 飲食店に実際に起きること3つ

①「クレームを起こさない管理」から「スタッフを守る管理」へ変わる

ここで、現役の飲食店経営者としての考えをひとつ。飲食店で働く人は、カスハラの経験があると、やはり辞めていってしまいます。だからこの対策は、しっかりやらなければいけない。そう考えています。

これまでの飲食店の管理は、「クレームは絶対に起こさない」でした。お客様に嫌な思いをさせない。それ自体は正しい。でもその管理だけだと、理不尽な要求にも、スタッフが耐える形になります。ここをしっかり変えることが、今回の義務化の本当の意味です。

数字で見ます。厚生労働省の令和5年度の調査では、過去3年間にスタッフからカスハラの相談があった企業は27.9%。前回調査から8.4ポイント増えています。4社に1社以上です。しかも相談に上がってこないケースを含めれば、実際はもっと多いはずです。飲食店は、お客様と直接向き合う時間が一番長い仕事です。この27.9%は、飲食業界ではもっと高いと見ておくべき数字です。

② スタッフが1人辞めるコストが、そのまま利益から消える

焼肉店60席、スタッフ10名のモデル店舗で試算します。アルバイト1人が辞めて、1人採用し直すコストを数えます。

項目 計算 金額
求人広告 約5万円
面接と手続き 店長3時間×時給換算2,000円 6,000円
教育 1日6時間×10日×2人分(先輩と本人)×1,200円 約14万円
合計 約20万円

これが1人辞めるたびに消えます。年に3人辞めれば、約60万円。月商500万円のお店にとって、小さな金額ではありません。

さらに見えないコストがあります。辞めた人の週20時間の穴を、次の人が育つまで店長が埋めるとします。月に約80時間、店長の時給換算2,000円で16万円。店長が本来やるべき仕事、たとえば新しいスタッフの教育や数字のチェックが、その分止まります。1人辞めるたびに、採用の20万円と、店長の時間16万円。合わせて約36万円が動いている。これが「スタッフを守る」ことの、お金の面の意味です。

③ お酒が入る業態ほど、「毅然と対応する線」が必要になる

特に居酒屋など、アルコールが入る業態では、毅然と対応するガイドラインが必要です。「ここから先はお断りする」という線をお店が決めておく。スタッフがその場で迷わないためです。

そして、そのために防犯カメラを入れることも、とても大事です。防犯カメラは、不正を見つける仕組みではなく、スタッフを守る仕組みです。何かあったとき、「本当にあったこと」を映像で示せる。それがスタッフを守ります。カメラを「監視するもの」として捉えると嫌がる人もいますが、真面目にやっている人にとっては、守ってもらえる仕組みです。

費用も数字にします。仮に4台で15万円の設置なら、5年で割って年3万円、月にすると2,500円。スタッフが1人辞めるコスト約20万円と比べれば、月2,500円で「守ってもらえる」安心が買えます。優先度の高い投資です。


3. 10月までに終わらせる準備3ステップ

全部、紙1枚から始められます。

ステップ1: お店の方針を1枚にして、掲示と朝礼で共有する

今週中に、オーナーがA4を1枚書きます。内容は3行で十分です。

  1. 「当店は、スタッフへの暴言・暴力・土下座の要求・執拗な繰り返しなど、社会通念上の範囲を超える行為には毅然と対応します」
  2. 「お客様の正当なご意見には誠実に対応します」
  3. 「スタッフは1人で抱え込まず、必ず店長に報告してください」

これをバックヤードに貼り、次の朝礼で店長が読み上げる。これで措置の1番、「方針の明確化と周知」は形になります。

ステップ2: 対応の型をマニュアルにする

来週、店長と30分。決めるのは4つです。

決めること
誰が出るか 暴言が続いたら店長が交代して対応する
記録は誰が何に書くか その場でスマホのメモに日時・内容・相手の特徴を残す
退店をお願いする基準 暴言が止まらない、他のお客様に迷惑がかかる
警察を呼ぶ線 30分以上続く・物を壊す・手を出したら110番

交代するときの台詞も決めておきます。「店長の◯◯です。ここからは私が伺います」。この一言で、スタッフはその場を離れられます。A4一枚で十分です。1人で対応させない。これが原則です。

ステップ3: 相談窓口と記録の仕組みを作る

窓口は「店長、店長が当事者ならオーナー」と決めて、方針の紙に名前を書きます。記録は、レジ横のノートでも、スマホの共有メモでも構いません。「日時・お客様の特徴・言われたこと・誰が対応したか・どう終わったか」の5項目を残す。相談したスタッフを不利に扱わない、とも紙に書きます。

記録が月に数件なら、ノートで十分回ります。お店が増えて店長が何人にもなると、記録と共有を自動で集める仕組みがあれば、報告の手間は数分です。今はノートで始めてください。

そして月に1回、15分。オーナーと店長で記録ノートを開き、「同じことが起きていないか」「対応の型を直すところはないか」を確認します。これが措置の3番、再発防止になります。カメラを入れるときは、「スタッフを守るため」と目的を先に伝えてから設置します。設置後は、映像を見るのは「何かあったときだけ」と決めて、それも紙に書いておきます。

■ 業態別の優先順位

  • 居酒屋・バー(お酒が入るお店): ステップ2の「線」が最優先。深夜帯は2人体制にして、1人で対応しない形を作る
  • カフェ・ランチ主体のお店: 長時間の居座りやSNSでのさらしが典型なので、ステップ3の記録が効く
  • ラーメン店: 回転が命で対応に時間を取れないので、「店長が出る・すぐ交代」の型を決めておくのが一番

4. よくある質問

Q. アルバイト2人の小さなお店。就業規則もないけれど対象?
A. 対象です。1人でも雇っていれば、会社の大きさに関係なく義務があり、猶予期間もありません。就業規則がなくても、方針を紙に書いて貼り、口で伝えるところから始めれば大丈夫です。

Q. 正当なクレームとカスハラの線はどこ?
A. 内容ではなく「言い方と程度」で線を引きます。料理が遅い、注文が違うという指摘は、お店が直すべき正当な意見です。長時間怒鳴り続ける、土下座を求める、SNSにさらすと脅す、といった社会通念上の範囲を超える行為がカスハラにあたります。

Q. 何もしていないと、罰金があるの?
A. 直接の刑事罰はありません。ただし、国から報告を求められ、助言・指導・勧告の対象になり、勧告に従わなければ会社名が公表される仕組みです。対策をせずにスタッフが被害を受けた場合は、安全配慮義務の問題として損害賠償の話にもなり得ます。


まとめ

  • 2026年10月1日から、カスハラ対策は1人でも雇っていればすべての事業主の義務(猶予なし)。直接の刑事罰はないが、報告→助言・指導・勧告→公表の仕組みがある
  • 飲食店に起きることは3つ: ①「クレームを起こさない」から「スタッフを守る」管理へ ②1人辞めると約20万円、店長の穴埋めを含めれば約36万円が動く ③お酒が入る業態ほど「毅然と対応する線」が必要
  • 10月までの準備は3ステップ: 方針1枚(3行)→対応の型(誰が出る・記録・退店基準・110番の線)→相談窓口と記録の5項目

スタッフを守るお店に、スタッフは残ります。まずはA4に3行、お店の方針を書くところから、一緒に始めましょう。

※本記事は2026年9月9日時点の公表情報に基づいています。措置の項目分けや運用の細部は、厚生労働省の最新資料をご確認ください。制度の詳細は最新の公式情報をご確認ください。

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